自我を超越したときに、「愛」を超える更なる高みの領域「色」へと到達するのじゃ!

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皆の衆!

人として魂の磨かれ度はのう下記のように成長して行くのじゃで!

魂の第1段階

☆ 自我が大部分を占め、その行動基準は自利に基づくものとなる。
  
  自身と他人の区別が明確であり、他の存在を仲間と敵に分類する。


魂の第2段階

☆ 自我は依然として確固としてあるが、家族、友人、異性という

  他人の自我を受け入れる余裕が出来る。

  受け入れた他人の自我は、自己と同化しワンネス感を味わい始める。
                    (喜びの第一段階)

魂の第3段階

☆ 家族、他人、友人、知人、同僚を愛する心が拡大し始め、
  
  他人の幸せも自分のことのように感じ取れる段階。
                    (喜びの第二段階)

魂の第4段階

☆ 博愛を衆に及ぼす段階となり、「愛」の対象となる段階が、
 
  加速的に拡大しつつある段階。
                    (喜びの第三段階)

魂の第5段階

☆「愛」の対象がさらに広がり、地球、自然、動植物、全てへの

  感謝が全身に広がり、「うれしうれし」と感じる段階。
                    (喜びの第四段階)
魂の第6段階

☆「愛」がさらに高まり、「大愛」の状態となり、

 自我と他者との境目がなくなり、よろこびも悲しみも、一体化

 し始める。


魂の第7段階

☆ 自我が溶けきり消滅し、宇宙と地球と神々との一体感を味わい、

  次元の壁も意味無くなり、真の「ワンネス」を感じる状態。
  
  心境は既に「愛」を超え、「色」「空」という状態になる。

  以上のように、魂は成長を続けていくものじゃが、
  
  世間一般的に使われておる「愛の定義」は、
  
  狭い意味で「第3段階」、広い意味でも「第4段階」までじゃな。

 神々が望んで居られる「愛の領域」は第5段階レベルであり、
 恋人間や、家族愛レベルの「自我同士の引き合い」現象ではない!
 ゆえにじゃ!常に一緒にいたいとか、抱きしめて欲しいという段階は、
 「愛」であることは間違いではないが、まだ強烈に「自己の欲求」という、
 自我レベルの「欲心」から離れられておらぬわけじゃ。
 第6段階に移行すれば、どんなに離れていようと、言葉を
 交わさないでいたも、触れることが出来んでも、距離に関係なく
 常に一体感に満ち満ちて「うれしうれし」の状況であるがゆえ、
 相手を束縛することが無いわけじゃ!
 人の喜びも悲しみも、一体であるがゆえ、なにも思い悩むことが、
 ないわけじゃな!
 魂の成長は、一足飛びには参らぬが、進化の階段は可及的速やかに
 上ればならぬでのう!
 第1段階の魂は、目標を第6段階当たりにおいてはじめて、
 第4段階が達成できるでなあ!
 ただの「愛」から「大愛」究極は「色」「空」を目指さねば
 ならぬのう!

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